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セカンドライフ(1) [セカンドキャリア]

敬老の日というと、65歳以上人口が何人になり、1年間にX人増えた、という記事が目立ってくる。それにしても、日本人の平均寿命はどんどん延びて
男性で79.6歳
女性で86.4歳
です。平均余命にいたっては、60歳の人は、男性で22.54歳、女性で28.06歳で、平均寿命より更に長生きすることになります。そして、寿命が延びたぶんだけ、仕事をやめた後の余生の生き方が問題になってきています。「余った命」どころの騒ぎではありません。あとX年生きられると思ってその時点まで生きると、更に「あとX年生きられますよ、頑張ってください」と言われるのが落ちです。100歳人生というのが現実味を帯びてきました。つまり、60歳で会社を定年になるとして、30年以上の長いセカンドライフが待っているわけです。
われわれは、今までと違った全く新しい視点で人生を考え直さないと、この長い人生を全うすることができなくなってきたのです。

セカンドライフ(2) [セカンドキャリア]

あなたは長くなった老後を手放しで喜べますか。それを生きるだけの覚悟はできていますか?
その時間を生きるにあたって、私たちは今までとは全く違った生き方をしなければなりません。
今までは、毎日9時前に出社すると、そこにはやる仕事があって、それをこなして6時から7時には退社できる。1日の1/3は会社で過ごすことができました。
寝る時間を差し引くと、自分の自由にできる時間は3~4時間です。
ところが、定年退職すると、すべては自分の時間になるわけで、あてがわれた仕事もありません。その時間をすべて自分の好きなことに使えるわけです。
定年を前にして多くの人が「これで誰にも拘束されることなく好きなことができる」とバラ色の生活を考えます。

ところが、退職前にはそう思えたことが、実際はそうはいきません。「毎日が日曜日」(エブリ・サンデイ)で何をやってもよいと言われても、いざその身になってみると、何をしてよいか分からないのです。
私たちは、学校を卒業して組織に入ると、そこでは働く場所、仕事だけでなく、仲間も、サラリーも、生きがいまでも与えられて、それに疑いをもつことなく時間を使ってきました。ある意味で「あてがいぶちの組織生活」を送ってきたわけです。

セカンドライフ(3) [セカンドキャリア]

ところが、組織から離れて自分ひとりになったとき、「はたと」戸惑うわけです。
与えられる生活に慣れていたものが、急に自分の頭で考えなければならなくなったとき、「自分は何をしたいのか」が分からないのです。
好きなゴルフでさえ、毎日できるとなると魅力が薄れてきます。
そして、朝起きるのも遅くなりがちで、朝食の後、新聞を読む。テレビを見る。本を読もうとしても身が入らない。
そして、昼間からテレビを見ながらお酒を飲むことになる。
奥さんの買い物について行こうとすると、嫌がられて「濡れ落ち葉」と言われる始末です。奥さんのほうは、これで気兼ねなくご主人に留守番を頼んで、家を出て自分の好きなことができるといって喜ぶわけです。

この点について、男性として注意しておくべき調査を紹介したいと思います。2004年の調査ですから少し古くなりますが、「主婦が身の回りの人間関係のなかで最もストレスを感じるのは自分の『夫』だという」ことです。
その解決策としては「我慢すること」というのだそうです。しつこくすると嫌がられますよ。
ご主人のほうは、退職後は奥さんとゆっくり過ごせると思っても、奥さんのほうは、友達や娘と旅行に出たり、趣味にしていることに精を出そうとします。
まったく、すれ違いになってしまいかねません。熟年離婚を言い出されないだけ幸せだと思わなければなりません。

セカンドライフ(4) [セカンドキャリア]

それでは、男としてどんな生き方が理想的かと言えば、それは次の二人の生き方です。
・「釣りバカ日誌」のハマチャンの生き方
・「男はつらいよ」のフーテンの寅さんの生き方

二人に共通していることは、自分の好きなように生きる、ということです。
ハマちゃんは「釣り」に、寅さんは「旅」にでる、ということです。

ハマちゃんは、会社の中では出世街道にも乗りそびれていて、うだつがあがらないかも知れませんが、本人は気にしていません。休みになると好きな釣りに出かけられる・・・それだけで幸せなのです。釣りのことなら社長とも冗談を言い合える仲になっています。奥さんもハマちゃんの生き方に賛同し応援しています。

ハマちゃんは、会社の中で高い地位についているわけでも、また高い収入を得ているわけでもない。その点では、ハマちゃんより上の人たちが沢山いる。しかし、ハマちゃんは、自分は好きな「釣り」に徹しているので、他のことにはそんなにこだわらない。まさに「二足のワラジ」で生きているわけです。他人の評価も気にならないのです。

セカンドライフ(5) [セカンドキャリア]

あなたも、このような生き方ができればと思いませんか?
自分の好きなことをやってそれを生きがいにできる。そんな生活ができれば、老後は楽しくなるでしょう。

よく、老後に必要なことは健康第一といわれ、「健康のためなら死んでも構わない」と健康に気をつける人がいますが、何のために健康なのかよく考えて欲しい。
それは、「好きなことをやりたいがために健康でいたい」と言うのが本筋であり、やりたいことも我慢して健康でありたいと言うのは本末転倒です。

ということは、「私たちに必要なことは、やりたいことを見つける」ということです。
これを見つけることこそ、今取り組まなければならないことです。
本当は、ハマチャンのように在職中に見つけて欲しいのです。よく「二足のワラジを履く」という言い方をしますが、自分の人生を生きるためにはそれが必要なのです。
一足のほうは会社勤めをやめるときには必ず脱ぎ捨てなければなりません。
そのときに、もう一足のワラジで歩いていくことになります。

セカンドライフ(6) [セカンドキャリア]

そのワラジは自分のものでなければならないのです。たとえ脱いだワラジが履き慣れたものであっても、今度こそ自分のワラジを履かなければならないのです。そして、閉まってしまった扉の向こうを振り返っても何も得られません。前に向かって自分のワラジを履いて歩くしかないのです。
好きなこともなく、毎日が日曜日の生活をしていると、なんとなく老後の30年を過ごしてしまうことになりかねません。極端な言い方をすると、1日の生活を30年繰り返すことになるのです。
それでは、「生きている」ことはできても、将来に向かって「生きていく」姿ではありません。希望もありません。
生きている状態と言うのは、生物的に生きているだけで、死んでいないだけです。「生きる屍」という表現がありますが、そういう状態で生きているのです。
ところが、私たちは将来に向かって生きていく存在なのです。それは朝起きたときに「今日はやることがある」と思える生き方ができることです。


セカンドライフ(7) [セカンドキャリア]

しかも、それは何がしか社会とつながっていなければなりません。ただ単に、今日は図書館に行って本を読むとか、映画を見に行くということではありません。
自分が生きる、というテーマのなかで、社会のためにとか、誰かのために行動を起こすというものであることがポイントになります。
私たちは、社会とつながって生きているわけですから、会社生活から引退した後になったらそれでおしまいというのでは、老後はあまりに長すぎます。


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